47-26

例会日 毎週水曜日 12:30〜13:30
例会場 ホテルトヨタキャッスル
事務局 〒471-0027
豊田市喜多町2-160 ホテルトヨタキャッスル8F
  0565-34-4333  Fax 0565-34-4381
会長 小松正伸 幹事 鈴木英治 会報委員長 近藤英人


第1339回 例会


 開 催 日 2008年 1月 23日(水)
出 席 報 告 鈴木基之
会   員 80名
出席対象会員 67名 欠席 13名
出 席 率 80.3%
1月 5日 第1337回 修正出席率83.33%
 場   所 ホテルトヨタキャッスル
 司   会 村瀬一夫君
 斉   唱  我等の生業
 皆 出 席 (16年)浦野 朗君(16年)鈴木常夫君
(16年)鈴木晴雄君(12年)岡田光一君
(12年)澤田文雄君(12年)鈴木博之君
 来訪者紹介 豊田中RC 澳むら 光君・ 福岡幹夫君・本多 幹君

副会長挨拶
榊原要一
 皆様こんにちは、本日は小松会長が所用で出席出来ないということで、副会長の私が代わって行いますので宜しくお願い致します。
 挨拶に何をはなそうか色々考えたすえ、今回は記憶について話をしたいと思います。最近めっきり忘れっぽくなった、すぐに忘れてしまう、そういった悩みは私ばかりではないと思います。NHKテレビでも放映いている「ためしてガッテン」という番組で2年くらい前でしたか‘記憶力を高める技’という特集が放映されました。見られた方もあると思います。その方は再確認のつもりで聞いて下さい。
 人の脳には短期用・長期用の2種類の記憶倉庫があり、新しい情報は短期用に入りますが、そのままではすぐに忘れてしまうので長期用に移動すれば記憶として残るのです。ではどうすれば移動することが出来るのか。「うれしい」「悲しい」など感情が伴った記憶は忘れにくいものです。これと同様の効果があるのがこの技なのです。1.感覚をあけて勉強する。1時間行ったら10分
休憩する。続けて覚えるよりも間隔をあけた方が効果的です。2.覚えたらすぐに寝る。寝ている間に記憶はしっかりと定着するため覚えたらすぐに寝ることが大切です。3.翌朝思い出し訓練をする。覚えたからと言って思い出せるわけではありません。朝一番で復習しましょう。また暗記は長時間行わず「暗記→応用問題→暗記」の様に分散さ、そして眠る前に覚えたかどうかを確認し翌朝起きたらすぐに前日に覚えた内容を確認する。1週間後にもう一度確認すればかなりよく記憶に残っているはずです。
 今更、記憶力を高める努力をいたところで、「コンクリートに木を植える様なものだ」とおっしゃらず是非この技を試してみて頂きたいと思います。
幹事報告
鈴木英治

 1.本渡RCより会報が届いております。
 2.アメリカ、サンディエゴの国際協議会にてロータリーの神髄を勉強中の
  片山主水ガバナーエレクトより新年度のR・Iのテーマの発表がありましたとの
  ご連絡をいただきました。
  次年度RIのテーマ 夢をかたちにMake Dreams Real
  また、「友」のインターネット速報でも国際協議会の様子がご覧になれます。
 3.例会変更のお知らせ


クラブ名 月  日 時  間     場   所   (*受付日)
豊田西

 2/11(月)

休会  
豊田三好

 1/25(金)

18:30 *1/28(月)の変更
 〃

 2/11(月)

休会  
 〃

 2/15(金)

  *2/18(月)の変更
豊田中

 2/ 8(金)

休会  
 〃

 2/21(木)

18:00 *2/22(金)の変更 Gエクシブ浜名湖 創立記念例会

 
委員会報告
 
ニコボックス
大野教喜
(当会員敬称略)
本日2回目の卓話となりました。私の色々な人生での体験と牛の話を致します。宜しくお願い致します。 鈴木孝治

鈴木孝治さんの卓話に期待して投金します。             榊原要一 鈴木英治
   村瀬一夫 池田勝興 鈴木基之 神谷重雄 内山裕介 山田 浩 近藤 治 近藤邦夫
   久保田浩 水野慶一 棚橋寿男 鈴木裕仁 加藤勝美 山内達己 豊田 稔 浦野滋行
   都築義勝 中根 茂 浦野政幸 大澤六也 松山俊昭 河村喜平 山田守男 加藤千尋
   石橋博文 今井啓介 小島波尾 鈴木晴雄 服部基一 鈴木直衛 山中一三雄

私にとって昨年はさんざんな年でありまして久々に豊川さんに行って来ました。翌日問屋さんの新年会の福引きで2等賞の馬が当りました。といってもナショナルの「ジョーバ」で大変嫁さんに喜ばれました。三男のセンター試験もまずまずであった様で今年は良い年になりそうです。 永野卓司
今日は149回のカラオケ同好会です。朝から山芋をすって用意をしてきました。PM6:30からZOOで行います。皆さん参加して下さい。
加藤連治 米本益栄
鈴木 昌
入会して16年になりました。
鈴木常夫 浦野 朗
家族の協力と皆様方の温かい協力で、入会して12年間出席できました。これからも宜しくお願い致します。 岡田光一
入会して12年になりました。うるさい澤田と優しい鈴木です(^-^) これからも宜しくお願い致します。 澤田文雄 鈴木博之
皆様の友情に感謝して。 大野教喜
 


卓話者 鈴木孝治 君
  演 題  「私の人生経験と牛の話 」
 2回目の卓話になります。前回は、ロータリーの年次方針「手を貸そう」ということで足助町の鈴木さんにお願い致しました。今日は私の人生経験の話をしながら牛の話しをしたいと思います。その後時間があれば産地偽装の話をします。生まれは神明町で物心がついた時に出会ったのが浦野君で一番幼なじみになります。小中高と豊田市にいましたが、県外の大学に行くこととなり転機となりました。特に青森での3年間は遊びと人生を楽しみました。卒業後1974年当時オイルショックの後で就職先が無く三重県の和田金に打診したところ大学生は採用が初めてだから最低10年は働いてもらわなくてはということでやめました。どうしようかと悩んで教授に相談したところその教授が見聞を広めたらどうかということで、農水省の海外研修の道を選びアメリカに行くことに決めました。このことが多分、人生一番の転機になったと思います。
 1975年1月全国から83人が渡米し、サンフランシスコに到着3日間の観光とカルフォルニア大学のバークレー校で2週間の語学研修の後、実習先の中西部穀倉地帯のアイオワ州へと旅立つのですが、23人が渡されたのがアイオワまでの航空チケットだけで行けとのことでした。州都のデモインに到着し23人が2日滞在しました。その時までは何の不安もありませんでしたが、出発の日の出来事がカルチャーショックと不安の1日であり後の人生で大いに自信と度胸を持たせてくれました。そのエピソードは、午前10時30分発のコンチネンタルバスに3人で乗車し目的地に向かうのですが一人降り二人降り残された私の不安その後約20分の長かった事。他の2人は町のバスターミナで降りたのですが私が降りたのは道路の脇の誰一人いない停留所で周りは一面の銀世界氷点下5度位で寒い事、ホストファミリーが迎えに来るまで約20分間とても長く感じたこと、みんなと別れて40分間の不安は今でも忘れることはありません。その後ホストファミリーが来てスーツにコート姿の私を見て今から買い物にマーケットへ行くとのことでそこでワーキングブーツを買わされて家に着くとすぐ着替えろとのこと、農場の案内かと思えばすぐに仕事をすると言われ説明なしに豚への餌やりの手伝いをしました。仕事が終わってシャワーを浴び家族紹介・食事その時に最大の難問タバコか酒のどちらか一つはゆるすといわれ渋々タバコを選択しました。その後午後7時着替えて軽作業終了時間は午後9時よく頑張った明日朝は6時から仕事との事でした。
 ここの農家は年間2500頭出荷の養豚経営で私の目的の牛は100頭、放牧の


ためあまり牛に関しては実習出来ませんでしたがアメリカ農民の考え方特に宗教・政治・経済などを聞き考えさせられました。5%の農民が国土の75%を所有している。私たち農民は1年耕作すれば約3年アメリカ国民を養うことが出来るとよく言われました。もし耕作しなければ穀物は高騰し我々は楽に生活できるが神イエスが許さないとよく言われました。
 この1年でアメリカ農民の生活、習慣などを体験しました。しかし本来の目的である牛の実習がなされていないので自分のわがままを通し一人残ることにしました。1年間の実習後2週間自由時間がありアメリカ大陸をバスで旅行しましたがこの2週間でも様々な体験をしました。治安の悪いニューヨークの地下鉄の乗車・ニューオリンズでは3大カーニバルの一つであるマディグラを体験・テキサスとアリゾナの州境では移民管に捕まり約1日間ジェイルに入れられ・アリゾナの州都フェニックスからグランドキャニオンに行った時フェニクスは30度、グランドキャニオンは銀世界の冬など旅にまつわる多くのエピソードがあります。
 2年目の実習はカリフォルニアの企業的農場2箇所で経営していました。1箇所は酪農経営で1000頭の乳用牛を飼育していて毎日800頭前後の搾乳をしていました。そこでは毎日2〜3頭の子牛が生まれそれらの世話が主な作業でありました。もう1箇所は肉牛経営で3000頭の牛がおり3ヶ月で2400頭の出産ラッシュがあり約2ヶ月間休み無く分娩の世話をしていました。帰国後父の会社で仕事を始め牧場と肉屋に携わり色々な家畜市場に出入りし仕事をしてきました。40歳の時牧場を分離させ5年をめどに経営を安定させ46歳の時には廃棄物処理の新規事業を立ち上げほぼ順調に事業が推移して来ていると判断し47歳の時にロータリーに入会しました。しかし入会半年でBSE問題が発生し奈落に突き落とされました。その当時1頭当り20万円程で出荷されていた物が3万円程度に暴落しどうすることも出来ない所まで追いやられました。しかし200頭前後の飼料代が200万円、販売代金で給与と牛の代金が確保できればあとは半年持ちこたえればどうにかなると判断し行って来ました。牛肉生産に当り保険のようなセーフティーネットというのがあり子牛生産に当り13万5千円を下回るとその差額が半年後に支給されるという仕装着義務があり出産・移動・死亡が発生したら5日以内に報告組みがあり救済されました。BSE発生以降牛に関しては耳標しなければならなくなりました。それを怠ると売買が出来なくなるようになっています。
会員情報コーナー
森下泰次君 紹介
社会人生活30数年、豊田は寝に帰るだけでほとんど名古屋中心のビジネス・プライベートでしたので今後は、皆様とゴルフ・旅行・カラオケ等親睦を深めて行きたいと思います。

 
  記 松山俊昭