昨日は豊田東・豊田中RC合同のゴルフコンペでした。村瀬さんがグロス71でベストグロ賞と優勝、福岡治さんがグロス73で準優勝と素晴らしい成績でした。上位の殆どを東ロータリーが占め、団体戦も80ポイント差以上をつけて圧勝でした。6年目を向かえ充実した親睦行事となっています。新しい知人とも友情を深めることが出来る素晴らしいコンペです、今後の継続繁栄を期待します。
さて、先程はロータリーソング「我らの生業」を歌いましたが、ロータリーソングは何時から何故歌われるようになったか歴史を振り返ってみます。1905年シカゴにRCが創立され、その2年後、奉仕強調派と親睦派の間で「ロータリーは困った人に奉仕すべきだ、いや会員の親睦を図り助け合うべきだ」と激しい討論があり、クラブ崩壊寸前の危機にまでなりました。そんな時、印刷業のハリーグラスが「諸君、冷静に、皆で歌を唄おうではないか」と提案し雰囲気を変えようとしたのが歌を唄う始まりです。ですから、此の時の歌は誰もが知っている歌でロータリーの為に作った歌ではありませんでした。日本RCはどうか、昭和6年頃から軍閥の弾圧がだんだんロータリーにも忍び寄って来ました。外国の歌も唄いづらくなってきました、「あちらの歌を唄う必要があるのか、日本人の作った歌を唄うべきだ」と言う事から全国公募を始め、昭和10年5月5日の地区大会で数多く集まった作品の中から4曲が日本人のロータリーソングとして発表されました。そのうちの2曲が「奉仕の理想」と「我らの生業」で今日に至っています。お気づきのように、
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 「手に手つないで」「それでこそロータリー」は未だ出来ていなかったのです。
戦時中国際RCを脱会していた日本RCは戦後昭和24年に国際ロータリーに再び復帰し順調にクラブ拡大されました。余り順調に拡大された為、だんだん地区としての管理が難しくなり昭和27年から2地区に分割されることになりました。「我々は今まで1地区でやってきたが、これからは2地区に分かれることになり、共に会える機会が少なくなるだろう。そこで互いに共通のものを持とう」と言う事でロータリーソング「手に手つないで」が作られました。「どうか皆さん手をつないで下さい。円陣を作ってください。大きく手を振り “手に手つないで”を唄って、別れようではありませんか」とやり、それが慣例の始めとなったのです。このように日本のロータリーソングは昭和10年と昭和27年の2回にわたって作られたのです。豊田東RCは今年度4曲を歌っていますがロータリーソングは他にも沢山あります。又ロータリーソング以外の歌を唄っているクラブもあります。
信頼されるロータリアンに成る為に、知恵を出し合い頑張りましょう! |