今日は少し愚痴っぽいお話になりますけれどもお聞き下さい。昨今の日本は狂っているのか?アレ!と思ってしまう事件が毎日多すぎます。日本人のモラルはどうなっているの、と考えさせられる此の頃です。
私は伊勢の赤福餅が好きでした・・・。雪印、不二家、ミートホープ、そして8月には北海道の人気商品「白い恋人」が10年以上も賞味期限の改ざんを続けていた。北海道に行ったとき必ずといっていいほどお土産に買ってきた、あの白い恋人です、これはショックでした。「返品すれば唯のごみになる、少しぐらい賞味期限が過ぎても商品に問題はないからごみにするよりお金にした、と改ざんを正当化して来たのか? 」と頭に来ました。それに比べて伊勢の赤福餅はたいしたものだ。さすが創業は宝永4年(1707年)ですから300年の伝統ある銘菓だ。あれだけの生ものを、きちっと管理して人気を保ち、広範囲のお客さんを喜ばしている、たいした物だ、と絶賛していたのに。あれから僅か2ヶ月、本当に信用していました。なのに“何、ヤッパリお前もカ?“
それでも、最初のニュースで「冷凍にして保存していた」と聞いたときは「あれだけの販売網を引いて各地に売っている、 毎日相当の生産量だからやむを得まい、何故本当のことを言わなかったのか」と少々同情的に診ていました。ところが、何と残った品を
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 新しい包装紙に包み変えて、出来たての商品として販売していた、其の他にも云々と聞いては、同情の余地がありません。
儲ける為には周りが見えなくなってしまうのか?権力を得たために従業員の顔が見えなくなってしまったのか?競争社会に生き残る為には仕方がないと思ったのか?消費者のことは考えなかったのか?人の口に入るもの、それを生産するものにはそれ相応の責任とモラルがあってしかるべきはずだ。
明治時代の詩人正岡子規(1867〜1902年)が「到来の赤福餅や伊勢の春」と詠まれた程、昔から “お伊勢神宮詣り”をした人に喜ばれていた銘菓なのに・・・。 赤福(赤心慶福)の名前の由来は「赤心(まごころ)を持って他人も己も幸せあれ」と願う神宮参拝者の心持から名付けられたものと聞いています。
処が今は、己の幸せの為には他人の幸せどころか、それを蹴落としてでも勝ち残ろうとするのか? さぞご先祖様も悲しがっていることでしょう。
昭和20年代、戦後の焼け野原で苦しさに堪え、皆が力を合わせ貧乏から這い上がって町おこしをした、あれから僅か60年しか経っていないのに。これ程人間の心は変わるものなのか・・・・・・・。 昔の本物の赤福もちが食べたい! |