先日の新聞に南極探検に上陸した探検家の白瀬矗中尉の記事がありました。白瀬中尉は敗戦の翌年の9月、愛知県挙母町(現在豊田市)で八十五年の生涯をとじました。観測船「宗谷」が南極に向けて出港したのは彼の死去から十年経った昭和31年11月8日。日本の南極観測の始まりであり、敗戦から復興途中の国民を勇気づける壮大な挑戦でした。
多くの苦難を経た日本の南極観測は今年で五十年。日本隊が採取した南極隕石は一万六千個に及び、特に成果を挙げています。白瀬が求めたものとは違っても、地球や環境を考えるのに大事な「宝」が数多く見つかっているわけであります。これからも地球の姿を映す「宝」の探求が続けられることでしょう。
しかし、現在美しい南極オーロラの白夜の地にも異変が起きているそうです。環境においては、オゾン層の破壊が以前より拡がっています。又、その為、紫外線も強く、氷河の氷解を始め、今年は、雪が少なく、礁土が見えている所もあるそうです。いずれにしましても、環境を人々が大切に感じ、行動する時代であると思います。共に考えましょう。
約500年前の1513年、ペルクレスによって、南極の地図がはじめて書かれ、存在していたそうです。南極全土は厚い所では、1.6kmの氷におおわれていて、土肌は全く見えない訳ですので、誰もが大陸とは
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 思ってはいませんでした。
そして、1818年、南極大陸が発見され、1949年(55年前)人類は、氷の上から地震電波を落とし、大陸の地図を書いたそうですが、500年前のペレクレスが書いた地図と同じであったそうです。測量機器もない、現在の様に電子機器のない時代に精度の高い地図が書かれ、存在すると言う事は驚きであります。4000年以前には氷が無かったのではないかと言われています。その後、地球の変動により、氷河期を迎えたとも言われています。又、古代人類には、優れた能力の文化が存在していたと推測されています。
マヤ遺跡(1000年前)には、現在と変わらぬ精密な天文学が証明されています。例えば、コンピューターによる一年間は、365.2422日でありますが、マヤ天文学に1年間365.2420日と1日の誤差は0.0002日であったそうです。
私達は時代を超えた学びを持ち自然環境を考えていく時代になったと思います。共に地球を愛するロータリアンとして頑張っていきたいと思います。 |