「生きる・生かす・生かされる」
南 由利花さん |
病院で受けた検査の結果は、慢性腎不全。透析の必要もあるとのことでした。一年たったある日、母から腎臓移植をすることを打ち明けられました。手術は成功しました。私は、たくさんの人に助けられて生きている。いや、生かされている。そのことに気づいた瞬間に、自分と外の世界、他の人々とがしっかりと結びつきました。今は、この病気になってよかったと思っています。今、生きている私はこの大切な命を守り、次の世代へと受け渡していかなければなりません。私は、命の限りたくさんの人を助け、幸せにしたいです。看護師になりたい。そして、母が私にしてくれたように、命の大切さを子供に伝えられる母親になりたいです。
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「自然から与えられたこと」
大山敬子さん |
私が住む冷田小学校区は、豊田市でも多くの蛍を見ることができる場所だ。父は「三州蛍を守る会」に入っている。蛍を通して私が強く感じたことは、私たちの生活を一つずつ見直さなければならないということだ。人と自然とが上手くバランスをとっているあかしが、蛍だと思う。 小さな地域「冷田」から、豊田市へ、愛知県へ、日本へと自然のすばらしさ、美しさを発信したい。父のように自分のふるさとで、蛍はもちろん自然を守り、人々が自然を自分の体の一部のように大切にできる社会作りをしていきたい。
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| 「お父さん 見てて」 高津華奈さん |
「お父さんの娘だもの、私も頑張れる。」この言葉は、私の魔法の呪文です。何か困ったときや負けられないとき、私に力をくれる言葉です。私の父は一昨年の冬に亡くなりました。私は父を世界で一番尊敬しています。つらくてもつらくても、
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頑張っていたお父さん。自分のことよりも人のことを先に考えるお父さん。父が教えてくれたことを無駄にしないように、病気に苦しむ人たちやその家族の力になるため、私は今、看護師になることを目標に頑張っています。「お父さん、私頑張るからね。」
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「為什・そして謝々」
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日本に来る以前の私は、日本語だけでなくそこに生きる人々のことも、本当は知らなかったのです。知らされていたのは、ことさら強調された悲しい過去。しかし本当は、私たちが明るい未来に向かっていこうとするときには、過去の悲しい歴史も、きっと道標となってくれるのではないでしょうか。日本に来て私は、人と人が力を合わせることのすばらしさを学びました。
いつか私は、日本と中国をつなぐ懸け橋のような仕事につきたいと考えています。今は日本に来ることができて、本当によかったと思っています。 謝謝
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「おかえり=ことばを失った僕=」
榊原佑樹さん |
「おかえり」仕事から帰ってきた母に、僕は声をかける。今の僕には、こんな普通の一日がとても幸せに思えるのです。小学校五年の夏、僕はことばを失いました。僕は、完全緘黙と診断されました。僕は今、友達と話すことも、大好きな歌をカラオケで歌うこともできます。僕にことばを取り戻してくれたのは、友達や両親や周りの人たちのやわらかい心とことばだったのです。だから僕には、そんなやわらかさに包まれた何気ない今日一日が、何よりも大切に思えるのです。そして ふと思うのです。いつの日にか僕も、やわらかい心とことばでだれかを包み込む人になれたらいいなと。
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